水原華城 (スウォン・ファソン)

  大韓民国京畿道水原市に李氏朝鮮時代の城塞の遺構「水原華城」です。
京畿道水原市にある華城は、李氏22代の正祖王が、父王の陵墓を守る目的で1794(正祖18)年から2年の歳月と延べ約37万人を動員して建設された(都市で)平山城の形態で軍事的防御機能と商業的機能共に備えている
都市の周囲には堅固な城壁が巡らされている。城壁の東西南北には蒼龍門・華西門・八達門・長安門の4つの門が設置されている。
城内の主要街路は八達門と長安門を結ぶ南北の道がある。
また、華城は朝鮮動乱時に大きな被害を被ったが、1975年から4年間掛けて修理が施されかなり復元され往時の姿に戻っている。全体は史跡第3号に指定・管理されており、指定文化財としては八達門(宝物第402号)華西門(宝物第403号)などがある。1997年に世界遺産に登録された。
資料は華城に設置されていた日本語解説文・他より  
2004年に訪ね撮影しましたのでこの頁を編集しました。
  04.05.30裕・記編集

04.04.15撮影
東将台は華城にある二つの将台の1つで、別名「練武台」とも呼ばれている。華城将台が軍司令官の指揮所ならば、東将台は兵士達を訓練する所で、高くはないが四方にあけたなだらかな丘にある。ここは城の東側の軍事施設の中で重要な所であり、華城の中で最も威容を誇る場所である

04.04.15撮影
選挙で休みになったとかで家族連れでにぎわっていました、トイレも近代的で清潔でした。

04.04.15撮影

04.04.15撮影
東北空心{土(偏に)敦でトン}は華城にある二つの空心〈土敦〉の1つで、蒼龍門と東将台のあいだにある。内部が空洞で螺旋形なので、別名「さざえ閣」とも云われている。ここは一種の望楼で、守備と攻撃ができるし、砲も撃てる。黒レンガで円く造られた建物は、韓国では華城にだけある特殊な建造物の一つである。
  とん 中国で用いられる陶磁製の太鼓状の腰掛け。主に庭園で用いられる
望楼 ぼうろう 遠くを見るために立てたやぐら

04.04.15撮影
蒼龍門は、華城の四つの大門のうち、東側に位置し、正祖19(1795)年に建てられ、韓国動乱の時焼失、1976年復元した。
アーチ形の積石の上に建ち、外側に城門を守る為の甕城の内外にレンガ造りの低い垣根を設け、近い所と遠方が狙える銃眼を開けた。建築様式は華西門と同じであり、城門の左側には、築城した人々の名前が刻んである。

04.04.15撮影

04.04.15撮影

04.04.15撮影
水原市街地を見る

04.04.15撮影
金さんの説明では水原市はソウルから地下鉄1号線で約1時間の通勤圏だそうです

04.04.15撮影
水原ワールドカップ競技場 【収容人数】 43,138人 【完成年月・種別】 2001年5月・ サッカー専用スタジアム



龍頭山公園
石窟庵
仏国寺
青南台
水原華城
宗廟・青瓦台他
ガイドの金さん
旅先での食事
旅先でみた植物達
旅先での飲物・硝子瓶
(「古墳遺跡遺構など」編)


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