|
東京都台東区上野公園5-20に設置されている「上野恩賜公園」です。
※国土交通省の資料によると1873(明治6)年供用開始で、公園面積は538,507uある特殊公園だそうです。
|
上野公園は台東区にあり都立公園であろうとなく思う所でしたが、今(2002年)回行ってみて「上野恩賜公園」の石碑をみてその歴史を考えてみようなったのです。
普段使っている講談社版「日本語大辞典」ではそれ以上のことはわからなかったのです。
そこで平凡社版「世界大百科事典」で調べることにしまた、以下の記述の如くでした。 |
『1873(明治6)年芝、浅草、深川、飛鳥山の4公園とともに日本最初の公園として指定され、1924(大正13)年東京市に下賜され「上野恩賜公園」が正式な名称である。面積は(1971年現在)動物園を含めて525,000u。
もともとは寛永寺、徳川家霊廟、東照宮、清水堂などを含み昼でも暗い樹林に覆われていたというが、公害と人跡で枯れてき今日では雑踏の地になったといわれている。
公園内には国立博物館、(国立)科学博物館、国立西洋美術館、都立美術館などがあり、〈上野の秋〉は美術展の代名詞とされ、森の陰には学士院、芸術会議、東京文化会館、図書館、芸術大学(東京芸大)もあって、文化の中心として果す役割が大きい。
不忍池は蓮の花の名所で、谷の出口にあたり、竹生島になぞらえた弁天堂を中核に構成され、池畔は展覧会場などに利用され、明治・大正の勧業に資した。池之端には料亭が多い』 |
確かにわたしが訪れた日は土日でもないのに人の波でした、また、表の顔とは別にホームレスの人たちのテントハウスが並ぶ所もあり現代の社会を反映した暗い部分も内在しているようにおもいました。
その傍では花見で昼間からシートを敷いて酒盛りをしている人々もあり、出るゴミを分別させようとする仮のゴミ置場の設置は東京の人の多さを感じさせるものとわたしには映ったのでした。 |
02.05.13裕・記編集 |